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立川志らく劇団下町ダニーローズ どん底

ものすご~く久しぶりのブログ。
志らくさんの劇団・下町ダニーローズの公演が12月25日からアイピット目白という小劇場で「どん底」を演ります。

言わずと知れた黒澤明の佳作「どん底」……をリメイクしたものではありません。
原作ゴーリキーの本の志らく版といった感じです。噺家の志らくさんのことだから黒澤映画の江戸の貧乏長屋を下敷きにすると思ったら、全く違いました。(良い意味で)裏切られました。

細山田くんという男優が、いまどき珍しい真っ直ぐな芝居をしており、いたく感動します。
若さ、すばらしい。自分にもあんなときが…と思い返しましたが、思い当たりませんでした。僕は昔から真っ直ぐではありません。

「芝居は心」なんて簡単に言うけど、それはもう劇界では常套文句のようになっていて、通じる人には通じるし、通じない人には百万回言っても通じない。

細山田くんという役者さんの芝居を見て、我が芝居を振り返り、自分に足りない「何か」をつかまえられたら、それはもう千金に値する価値だと思うので、役者やってる人なんかにも今回の「どん底」はぜひに見てもらいたい作品です。

ま~細山田くんはすでに、大林監督の映画やテレビドラマなどにひっぱりだこの役者らしいので、僕がことさら論じるアレでもないのですが。

「どん底」の稽古を見ていて思うのは、
志らくさんと細山田くんの絵面が時々、川島の「幕末太陽傳」のフランキー堺と石原裕次郎に見えること。
当時の石原裕次郎はもう「華」以外にはなにも無い、でもその「華」は生半可じゃない、その時代の若者みんなが真似しただけのことはある、キムタクとは違う、もっと荒っぽいのに上品な、まわりをパッと明るくしてしまう、ほんと「華」とたとえる以外にない明朗さ、実直さを持っていて。そこに軽妙洒脱のフランキー堺が絡んでくるものだから、作品自体の息吹が脈打つように伝わってくる。
細山田くん、時々、石原裕次郎に見えます。お世辞なんかではなく、キッと睨みつけるような目をした瞬間、ダブります。
志らくさんの芝居は言わずもがな、フランキー堺に匹敵する軽やかさと心を持ってます。

心……一言で言うと簡単。でも、芝居で言う心は……やっぱり技が要る。たとえそれを役者が無意識にやっていたとしても、無意識のなせる技。いや、技は業なのかな。

「太陽傳」でフランキー堺ふんする肺病持ちの佐平次が、薬を飲む一瞬なんかに見せる「諦念」の表情、あれがたまらない。
「サヨナラだけが人生だ」を座右の銘にした川島雄三の哲学、でもそれをストレートに伝える傲慢さを川島は持ってない。オブラートに包んで包んで、台詞にもできず、恥じらいながら、作品のなかに隠す。それを役者であるフランキー堺がすくいとって、ほんの一瞬の表情で伝える。すばらしい。

志らくさんの芝居にもそういう一瞬があります。
言葉で語ろう語ろうとする役者は、見ていてちっとも面白くない。
口に出来ない言葉、台詞にできない伝えたいこと、そんなものをふっと一瞬だけ表してくれる役者。

見逃したら、見れません。当たり前です。

とにかく、見てみてください。
自分の芝居でも何でもないのにこんなに宣伝してるんだから(笑)

追記
僕も重い腰をあげまして、最近は老若男女10名程度に稽古をつけたりしております。
ほとんどコンタさんに甘えて任せっきりだったりするのですが。

もうしばらくしたら形にできるかな、と思います。
TIMELAGの幸薄き自然児・石井幸志も復活したりするので。
こうご期待です。

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