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才能と仕事

「才能」っていうのは「感動」のお返しみたいなところがある。

僕はやっぱり「西遊記」。堺正章の孫悟空に熱烈に感動した。

子供のころは日課のように、のれんの棒と物干し竿を持って、近くの森に出かけた。
その日退治すべき魔物を想像して、頭のなかでシナリオをつくって、

のれんの棒は通常時の如意棒で、
物干し竿は長くなった如意棒という(自分のなかの)設定で、

森のなか、駆け回っていた。1人で。

かなり、マズイ状況だったな。
自分で思い返しても、親は相当不安に思ったのではないだろうか。

みんな、野球だサッカーだと楽しんでいるときに、
ふたつの棒を持って夕飯時まで帰って来ない子供。

それでも今思うと、あのとき自分に課していた芝居仕立ての遊びと、
今シナリオを書いていることと、そんなに大差が無い気がする。

結局、僕は「西遊記」に育てられたんだな、と。
あのドラマから貰った感動が、僕を育て、
今、僕はそれを若い人や子供に手渡している(できているかどうかは分からないけど)。

だから、「才能」というのは、
(特に子供のときに得た)「感動」が、勝手に作り出すものなのかもしれません。

そう考えると、世の中に「才能」が無い人なんていないんだろうな。
生きていて、「感動」が無い人なんて、いないんだろうから。

八百屋さんになる人は、子供のころに八百屋に感動したのだろうか?
きっと、そうなんだろうと思う。
それはどんなシチュエーションだったんだろう?
考えるとちょっと楽しい。

志らくさんの「どん底」にこんなような台詞が出てきた。
「仕事が楽しければこの世は極楽、仕事が苦しければこの世は地獄」

もちろんどんな仕事も楽しいだけではないけれど、
きっと、みんな、自分の「感動」をお返しするためにその仕事に就くんだろう。
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